必見!病んだ魂を元気にする方法

魂の不調は心・肉体・人生に影響します。病んだ魂を元気にする驚きの方法について紹介します。

61歳 何者にもなれなかった自分を顧みる


中卒がノーマルだった時代

私の親世代は戦前生まれで、ある程度の人生は決められていた。

私の母は貧しい農家の娘だったから高校には行けなかった。

母が中学を卒業した昭和20年代は、高校進学率は50%に満たない。

当時高校に進学しないことは普通だった。

母の話によると、高校へ行けないから悔しいと思ったことはなかったそうだ。

なぜなら周囲の女の子たちのほとんどが高校へ進学しなかったから、自分だけが取り残されるような思いはしなかったから、と聞いた。

 

決められた人生

昭和の昔、おおかたの女性は中学を卒業してすぐに就職するか、もしくは家の手伝いをしながら縁談が来るのを待った。

そして親が勧める相手と結婚して、子供を産み育てながら義両親の面倒を見て一生を終えた。

現代と決定的に違う点は「選択肢がない」ことだ。

母にはすでに決められたレールを進む人生しかなかった。

母は中学生にしてすでに人生に対する覚悟があったのである。

「あきらめる」という覚悟である。

最近では「親ガチャ」という言葉で表現されているようだが。

 

今は人生の選択肢が多すぎる

今は高校進学、大学進学、職業、結婚、出産、離婚などを自由に選択できる。

学ぼうと思えばいくらでも学ぶことはできる。

加えて趣味や人間関係、キャリアや余暇など様々な選択肢が用意されている。

これらをよりどりみどり選びながら、人生を色とりどりに彩色することができる。

しかし豊富な選択肢に振り回されて、かえって人生を迷い続けることになる。

 

もっと高い学歴が欲しい → 受験地獄

もっといい人を見つけたい →  婚活地獄

もっといい仕事にありつきたい →  転職浪人

もっと楽しめるコトを経験したい →  刺激的生活への無限欲求

もっと自分を高めたい→ 自己肯定感への無限欲求

賞賛されたい尊敬されたい →  承認欲求への飽くなき願望

 

これがいいとか悪いというわけではないが、豊富な選択肢は人を迷わせ、執着させ、後悔させる。

 

アホな私の場合

”ああすればよかった”、”こうしなければよかった”と後悔の連続。

努力もせず、歳を重ねるばかりで何の結果も出せない焦り。

実はこの私がそうだった。

40歳を過ぎて「まだ何者にもなっていない」という焦燥感に駆られていた。

才能もないくせに「いつか私は世の中に大輪の花を咲かせられるのでは。。」と期待していたアホな私。

目の前の生活に追われるうちいつの間にか50代となり、ついには還暦を迎えてしまった。

アラフォーの頃の自分は「欲しい」ばかりだったなあと思う。

不思議なことに最近は「欲しい」が「あげたい」に変わりつつある。

何か自分にできることを若い世代にしてあげたいと思うようになったね。

何もできないけど。。。

 

つたない話を読んで下さってどうもありがとうございました。